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東京地方裁判所 平成7年(ワ)10310号 判決 1998年11月26日

原告

谷口巌

ほか一名

被告

河井隆仁・東京都

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告らに対して、それぞれ金一五四八万八一八七円及びこれに対する平成四年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員の各自支払をせよ。

第二事案の概要

一  本件は、自動二輪車を運転中に転倒事故を起こして死亡した谷口慎(以下「亡慎」という。)の法定相続人である原告らが、被告らに対し、右事故によって亡慎ないし原告らに生じた損害賠償を求めた事案である。

なお、立証は、記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

二  争いのない事実等

1  本件ストップアイの設置

被告東京都は、平成三年一〇月ころ、東京都江東区有明四丁目八番付近道路上に、「ストップアイ」と称する突起物を、五〇センチメートル間隔で二列を互い違いに道路を横断するように並べ、右二列一組を五組、合計一〇列を設置した(別紙図面参照)。このストップアイの単体の形状は、縦一一・二センチメートル、横三二・〇センチメートル、高さ二・八五センチメートルの道路鋲に類するものに反射板を付属させたものである。

2  本件交通事故の発生

亡慎は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により、多発肋骨骨折、血気胸、外傷性窒息等の傷害を負い、同日死亡した。

(一) 日時 平成四年六月二一日午前一一時五分ころ

(二) 場所 東京都江東区有明四丁目八番四号付近路上

(三) 被告車両 事業用普通貨物自動車(水戸一一あ六五一二)(運転者・被告河井隆仁〔以下「被告河井」という。〕、所有者・被告菱幸運輸株式会社〔以下「被告会社」という。〕)

(四) 態様 亡慎運転の自動二輪車(一足立と九四二一)が、本件ストップアイ手前の交差点(以下「本件交差点」という。)を左折する際、本件ストップアイ付近においてバランスを崩して反対車線で転倒したところ、折から反対車線を進行してきた被告車両に衝突した(なお、事故の詳細については、後記のとおり当事者間に争いがある。)。

3  相続関係

原告谷口巌は亡慎の父、原告谷口明子は亡慎の母であり、亡慎の権利義務を各二分の一の割合で相続した。

(当事者間に争いのない事実、証拠〔甲第一号証ないし第三号証、第六、七号証、丙第三、四号証〕及び弁論の全趣旨により認める。)

三  争点

1(一)  本件ストップアイによって本件事故が生じたか、また、本件事故と因果関係があるのか。

(二)  本件事故現場付近の道路の設置・管理について瑕疵があるか。

2  被告河井の過失の有無

3  賠償を命ずべき損害額

四  原告らの主張

1  被告東京都の責任原因

(一) 亡慎は、本件交差点を左折する際、本件ストップアイにハンドルを取られて転倒したものであり、本件ストップアイの設置と本件事故との間には、因果関係がある。

(二) 本件ストップアイは、被告東京都が、車両とりわけ自動二輪車の交通を妨害するために設置したものであり、自動二輪車がこれを乗り越える際、時としてハンドルを取られて転倒するなどの危険がある。特に、本件ストップアイは交差点に非常に近い場所に設置されているため、自動二輪車がコーナリングのため微妙な体重移動をしている際に本件ストップアイを通過することになり、危険の程度が増すばかりか、本件交差点に進入し左折を開始するまで本件ストップアイの存在は認識できないため、運転者としては対処が難しい。以上からすれば、本件事故現場付近の道路は、本件ストップアイという危険な障害物の設置により通常有すべき安全性を欠いた状態にあったものということができ、道路の設置又は管理の瑕疵がある。

被告東京都は、道路交通法上、交差点左折時には徐行義務があり、徐行していれば危険はないと主張するが、自動二輪車は、一定の速度で走行することでバランスを保ち転倒することなく走行するものであって、二、三メートルの距離で停止できる速度で左折することができないものであるから、右主張は失当である。

2  被告河井及び被告会社の責任原因

(一) 亡慎運転の自動二輪車がセンターラインをオーバーしたとしても、その程度は約一メートルに過ぎなかったのであるから、被告河井は、亡慎を認めて被告車両を停止し、左側車線に入るなどの措置をとることによって、亡慎を轢過するのを回避すべきであったにもかかわらず、これを怠り、亡慎を轢過した点に過失がある。仮に左側車線に駐車車両があったとしても、片側二車線の道路の左側によせて駐車しているはずであるから、反対車線に約一メートル入って走行していた亡慎を避けることは可能であった。

(二) 被告会社は、被告車両を所有し、自己のために運行の用に供していた者である。

3  損害

(一) 診療費(死亡当日の処置料) 二万六二四〇円

(二) 葬儀費用 三三〇万円

(三) 逸失利益 一八六五万〇一三四円

亡慎は、死亡当時一八歳であり、独身者であるから生活費控除率を五割として、年収二〇五万二九九六円(平均給与月額一七万一〇八三円)の就労可能年数四九年間分につき、ライプニッツ方式(年五分)で中間利息を控除して算定した頭書の額が相当である。

(四) 慰謝料 二〇〇〇万円

(五) 弁護士費用 四〇〇万円

(六) てん補 一五〇〇万円

原告らは、被告会社の付保した自動車損害賠償責任保険の保険者・三井海上火災保険株式会社から、保険金一五〇〇万円の支払を受けた。

五  被告らの主張

1  被告東京都

(一) 本件ストップアイの設置と本件事故との因果関係について

亡慎は、本件ストップアイにハンドルを取られて転倒したものではない。

すなわち、亡慎が、バランスを崩した地点は、本件ストップアイの最後の列から約二二メートルも離れたところであり、運転の自動二輪車がそれ以前に不安定な状態になったわけではない。本件事故の経緯は、亡慎が、本件交差点を左折する際、通常の左折の速度に比較して著しく速い時速約六〇キロメートルで交差点に進入・左折した後、加速して反対車線を進行した後、被告車両に気づき、あわてて急ブレーキをかけたものの、タイヤがロックしてバランスを崩し転倒したというものである。

仮に自動二輪車が本件ストップアイによって転倒したものとしても、左折に際し、徐行義務をつくしていれば、直ちに停止することができ、衝突には至らなかったはずであるから、本件ストップアイの設置と衝突とは何ら関係がない。

(二) 本件事故現場付近の道路の設置・管理の瑕疵について

本件ストップアイは、高速度で通過する際に不快感を与えることにより、通行車両の減速を図る目的で設置されたものである。すなわち、本件事故現場付近においては、以前は、スピードや運転技術を競い制限速度(時速四〇キロメートル)を超過した速度で自動車や自動二輪車を運転する若者の集団(いわゆる「ローリング族」)が出没し、多数の交通事故を起こしていた。そこで、深川警察署長の要請により、被告東京都が本件ストップアイを設置したものである。

本件ストップアイは、道路交通法に従って徐行して通行した場合はもちろん、時速三〇キロメートル程度で走行した場合にも危険性はない。その形状は、反射板により視認しやすくし、側面及び背面を斜面にし乗り越えた後の衝撃を緩和している。

また、被告東京都は、本件ストップアイの設置に当たり、本件事故現場のある埠頭入口には、「埠頭全域段差あり」の補助標識を付した「路面凹凸あり」の警戒標識を、本件交差点手前には「左折段差あり」の道路標示を行い、本件ストップアイを通行する車両に対し、注意を喚起する措置をとっている。

本件ストップアイを含むストップアイの設置により、本件事故現場付近ではローリング族の事故が激減し、これまでストップアイに起因する事故はない。

2  被告河井及び被告会社

(一) 被告河井の過失の不存在等

以下に述べるとおり、本件事故について、被告河井には過失がなく、亡慎の一方的過失によるもので、かつ、被告車両には構造上の欠陥又は機能の障害もなかった。したがって、被告河井は、本件事故により原告らに生じた損害を賠償すべき責任はなく、被告会社としても、自動車損害賠償保障法三条ただし書により、原告らの右損害を賠償すべき責任はない。すなわち、亡慎は、本件交差点を十分な減速をしないで左折し、反対車線に進入してきたものであり、被告河井としては、亡慎が自分の車線に戻った場合を考えて反対車線に入ることはできず、さりとて、左側車線には駐車車両があったため左に避けることもできず、停止するより方法はないと判断してブレーキをかけたものである。その結果、被告車両と亡慎が衝突した際、被告車両は既に停止しており、本件事故当時、被告河井がとりうる措置はとっていたもので、回避措置を怠ったということはない。したがって、被告河井には、過失はない。

(二) 過失相殺

仮に(一)が認められないとしても、本件事故においては前方から被告車両が進行してくるのが見えたにもかかわらず反対車線を走行した亡慎の過失の方が大きいから、七割程度の過失相殺をすべきである。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  証拠(甲第四号証、第九号証、乙第一号証、証人菅野明の証言、被告河井隆仁本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によりば、(一) 亡慎運転の自動二輪車は、本件交差点を左折した段階で既に反対車線(被告車両の進行車線)に進入し、加速して進行していたこと、(二) 右自動二輪車は、本件ストップアイを過ぎて約一五メートルのところでも、反対車線を走行しており、ハンドルがぶれてはいたが、今にも転倒するというような状況ではなく、立て直し可能とみえるような状況であったこと、(三) その後、右自動二輪車は、本件ストップアイを過ぎて約二二メートルあたりで、コントロールを失ったように、小刻みに揺れながら走行していたが、被告車両と衝突する直前に、後部が左右に振れて転倒したこと、以上の事実が認められる。

この点につき、原告らは、亡慎が転倒したのは本件ストップアイが原因である旨主張し、証人菅野明も、本件ストップアイ以外に転倒原因は考えられないとの見解を述べている(証人菅野明の供述及び同人作成名義の現認書〔甲第四号証〕参照)。しかしながら、菅野は、<1> 亡慎が本件交差点を左折する際から本件ストップアイを通過するまでの間、自分の運転する車両のタコメレターを見ていて亡慎の方を見ていない、<2> 亡慎がどのストップアイでバランスを崩したのかについても分からない、<3> 本件ストップアイを過ぎたところで亡慎の自動二輪車のハンドルはぶれてはいたが、立て直し可能とみえるような状況であったと供述しているのであって、本件ストップアイが原因であるという菅野の供述ないし現認書記載は的確な裏付けのない推測意見に過ぎない。その他、本件ストップアイが原因で亡慎が転倒したと認められる証拠もない。

2  以上のとおり、亡慎運転の自動二輪車は本件ストップアイを過ぎたところでは、立て直しは可能な走行状態であったのに、その後、車体が揺れて制御不能となったということができ、右によると、本件ストップアイの設置と本件事故との間には因果関係がないというべきであるから、争点1(二)の点を判断するまでもなく、被告東京都には、本件事故による原告らの損害を賠償すべき責任がないことが明らかである。

二  争点2について

1  証拠(乙第一号証、証人菅野明の証言、被告河井隆仁本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、(一) 本件事故により、亡慎の身体は、被告車両の右前輪に接触したものの、被告車両の車輪の下敷きになったわけではなく、本件事故は、転倒した自動二輪車及び亡慎が、被告車両の下に滑り込み、停止している被告車両に衝突したものであること、(二) 被告車両の進行道路は片側二車線で、被告車両の走行していた車線の左側車線は、トレーラーのシャーシーの駐車場所として利用されていたこと(もっとも、本件事故当時の具体的状況については、これを明らかにすべき的確な資料はない。)、(三) 被告車両は、幅約二・四メートル、長さ約五メートルであること、(四) 亡慎運転の自動二輪車は時速約三〇キロメートルで本件交差点を左折したが、その後加速して進行しており、一方、被告車両は、これよりかなり遅く、速くとも時速約二〇キロメートル程度で走行していたこと、(五) 被告河井は、右折して本件事故現場付近道路に進入し、亡慎運転の自動二輪車が自車走行車線を進行してくるのを発見した時点で衝突の危険を感じ、急制動の措置をとったこと、以上の事実が認められる。

2  一の1で認定した亡慎運転の自動二輪車の走行状況並びに右認定の事故態様、事故現場の客観的状況及び現実に被告河井のとった回避措置の内容を基に検討すると、亡慎運転の自動二輪車が本件交差点を左折した後、同車が自車走行車線を進行してくるのを被告河井が発見した段階では、既に衝突の危険が切迫していたもので、前方注視義務を果たすことにより事故を回避できたとは評価できないというべきである。亡慎運転の自動二輪車との衝突を回避する段階では、衝突の危険が切迫した前示の状況下で、現実に被告河井のとった急制動の措置以上に、左側車線の回避可能な空間を咄嗟に探し出してハンドルを切るといった措置をとることを要求することは、自らは道路交通法に従って走行している運転者に対して、道路交通法に反して反対車線を走行してきた車両との事故を回避するために非常に高度な注意義務を課すことになって相当ではない。したがって、本件において、本件交差点を左折してきた亡慎運転の自動二輪車を認め、その時点で直ちに急制動の措置をとって被告車両を停止させた被告河井に過失があるということはできない。

3  よって、被告河井には過失がないから不法行為責任はなく、被告会社については自動車損害賠償保障法三条ただし書の免責が認められるから(その余の右ただし書の要件事実は、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。)、被告河井、被告会社には、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がない。

第四結論

以上によれば、原告らの請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 園部秀穗 馬場純夫 田原美奈子)

ストップアイ設置位置

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